観光案内 平成29年大河ドラマ おんな城主 直虎 ゆかりの地を巡る観光マップ

平成29年大河ドラマ おんな城主 直虎ゆかりの地を巡る観光マップ

共保公出生の井戸

共保公出生の井戸
共保公出生の井戸

龍潭寺門前、徒歩5分

住所 浜松市北区井伊谷1989

井伊家のはじまりは、約1000年前!
井伊家初代の共保が生まれたとの伝説が伝わる井戸。
井戸の横に植えられている【橘の木】は井伊家の家紋
共保公は、7歳まで井伊谷で育ち、のちに村櫛「志津城」城主藤原共資の養子となり、藤原共保となるが、成人したのを機に、井伊谷に戻り地名にちなみ「井伊」を名乗るようになった。井伊共保が井伊氏の祖であり、歴史がはじまる。

龍潭寺

龍潭寺
龍潭寺
住所 浜松市北区引佐町井伊谷1989
電話 053-542-0480
時間 9:00~16:00
料金 高校生以上500円/450円(30名以上)、小中学生200円/180円(30名以上)
休館日 8月15日、12月22,23,24,25,26,27日
臨時休館あり
駐車場 大型バス12台、乗用車45台
駐車料金無料
ホームページ http://www.ryotanji.com/

井伊氏歴代を祀る龍潭寺。桶狭間で戦死した井伊直盛の戒名から寺号を「龍潭寺」変えたと言われている。
井伊氏ゆかりの足跡は境内の至るところに点在し、直盛、直虎、直政をはじめとする井伊氏歴代の墓を、
赤地に「井」の記描かれた籠など井伊氏拝領の品も見ることができる。
本堂は、彦根藩二代藩主 井伊直孝が左甚五郎を派遣し工事をさせたと伝えられ、忍びのものを知らせる「きゅっきゅ」と音がする鶯張りと龍の彫刻も有名。
遠州きっての名園と言われる本堂裏の庭園は小堀遠州作。
春のサツキ、秋のドウダンツツジと四季折々に美しさを変化させ、訪れる人の目を楽しませる。

井伊谷宮

井伊谷宮
井伊谷宮
住所 浜松市北区引佐町井伊谷1991
電話 053-542-0335
ホームページ http://www.iinoyaguu.or.jp/

井伊氏とともに戦った南北朝時代の後醍醐天皇の第四皇子宗良親王を祀る神社
明治天皇の思し召しにより御鎮座。創建は明治5年。静岡県では数少ない官幣中社という格式の高い神社。
昭和天皇、現代の天皇皇后両陛下もご参拝されていて皇室とも大変関係深い神社であります。
宗良親王は、学問や和歌に優れた方でしたので、入試の合格祈願に訪れる人も多く、また交通安全や安産の神様としても信仰されている。
境内には、珍しい絵馬の資料館もある。

渭伊神社・天白磐座遺跡

渭伊神社・天白磐座遺跡
渭伊神社・天白磐座遺跡
住所 浜松市北区引佐町井伊谷1150

渭伊神社 南北兵乱のとき龍潭寺の境内から現在の地へ移ったと言われる。井戸や井水祭祀を対象とした神社で、井伊氏の氏神となる。 古来より近くに神宮川が流れ、神聖地とされていた。

天白磐座遺跡渭伊神社の裏手に古墳時代から鎌倉時代までの巨岩祭祀遺跡。
高さ7mに及ぶ最大の岩。
日常の安寧と豊穣、子孫繁栄を願い巨岩の前で儀式が行われていたと言われる。
数十個の巨岩が点在し1500年経た現在でも神聖な雰囲気が漂っている。発掘調査により巨岩の周囲からは縄文時代の遺物が見つかっている。
現在では、パワースポットとしても人気がある。

井伊谷城跡

井伊谷城跡
井伊谷城跡
住所 旧引佐町役場の北側

旧引佐町役場の北側にある標高115mの山頂。
井伊氏の本拠地は井伊谷城とその山麓にあった居館に加え、最終的に追い詰められた三岳城で構成されている。
宗良親王も京都、鎌倉の中間であるこの井伊城を本拠とし、駿河、甲斐、信濃などの国々を転戦していた。
現在は城山公園として整備されていて、土塁などの遺構が見学できる。

井殿の塚

井殿の塚
井殿の塚
住所 浜松市北区引佐町井伊谷603-4

直虎の大叔父である直満と直義のお墓。
武田氏と繋がっているとの疑いをもたれ、今川氏に殺されてしまう。
供養の為に一本の松を植えたと言い伝えられている。
のちに井伊直弼がこの地に来てお参りをした際、お墓の周りの石垣など作ったと伝えられた。

おんな城主 直虎 大河ドラマ館

おんな城主 直虎 大河ドラマ館
おんな城主 直虎 大河ドラマ館
住所 浜松市北区細江町気賀369
浜松市みをつくし文化センター ホール
時間 9:00~17:00(最終入場16:30)
料金 普通入場券(当日券)
大人(16歳以上):600円
当館にて前売券450円で販売中!
小学生・中学生(6歳以上16歳未満):300円
休館日 年中無休
駐車場 あり
ホームページ http://hamamatsu-daisuki.net/naotora/dorama/

館山寺温泉から直行バスが出ており、そのバスに乗って約20分の場所にドラマ館がございます。
お車の場合は無料駐車場がございます。
ドラマが出来上がるまでを見ることができる場所となっております。
出演者の方々の衣装の展示やドラマの撮影場所や人物系図など細かく説明してあり、案内人の方がいろいろなことを教えてくれます。
ドラマ館のあとに撮影現場に足を運んでも楽しいかもしれません。

ドラマをご覧の方もまだご覧になられていない方も楽しめる空間です。
外にはお土産屋さんもあり直虎商品を購入できます。

舘山寺⇔大河ドラマ館⇔龍潭寺 間にバスを運行いたします

※大河ドラマ館の前売り入場券を、通常600円のところ、フロントにて450円で販売しております
※浜松駅⇔大河ドラマ館・龍潭寺への路線バスもございます。くわしくは遠鉄バスホームページでご確認ください

タクシーでの観光も可能です

タクシーでの観光も可能です

浜松・浜名湖地域の観光には、観光タクシーの手配も可能です。
地元の遠鉄タクシーさんの観光タクシーであれば小型(4名)からジャンボタクシー(9名)まで対応できます。
どこを巡ったらいいのかわからないという場合場合には、お気軽にご相談ください。当館スタッフがお時間に合わせてアドバイスさせていただきます。料金もお手ごろな価格となっておりますので、複数での観光の場合にはおすすめです。
また、遠鉄タクシーさんでも観光モデルプランをご用意しております。
よろしかったら旅のご参考にしてください。

【料金】
30分あたり2,980円(小型タクシー:4名様まで)
90分よりご予約可能です。

絶滅寸前の井伊氏を救うため、女城主となった井伊直虎
年号不明
井伊直虎生まれる

遠江の井伊領。井伊家当主直盛に一人娘が生まれた。
この姫(直虎)には結婚を約束した許嫁がいた。父親のいとこの亀之丞。(直親)
いつかは、結婚して亀之丞の妻となり井伊氏を支えていくことを夢見ていました。

1545年 天文14年
許婚 亀之丞(直親)と別れる

姫(直虎)に悲劇が次々と起こる。姫の祖父直宗が戦死。許婚の父直満とその弟直義が今川氏に殺される。
直満の子亀之丞(直親)も命を狙われ、身を隠し家臣に背負われ信州へ逃げる。
許婚と引き離された姫は亀之丞の帰りを待ち続けた。

年号不明
姫(直虎)出家し「次郎法師」になる

亀之丞(直親)の帰りを待ち続けたが、帰ってこない亀之丞。
ついに姫(直虎)は、龍潭寺へ出家してしまう。
龍潭寺の南渓和尚は姫に「次郎法師」という名を与えた。

1555年 弘治元年
許婚 亀之丞(直親)の帰郷と家臣の娘と結婚

次郎法師(直虎)の元に思いがけない知らせが。10年ぶりに許婚の亀之丞が井伊谷に帰ってくる。しかし次郎法師(直虎)は出家していたので結婚できない!
井伊谷に戻った亀之丞は次郎法師(直虎)の父直盛の養子となり【直親】と名乗り、家臣の娘と結婚した。

1560年 永禄3年
(直虎)父・直盛 桶狭間で戦死する

今川義元に従い尾張に出陣していた父・直盛と多くの家臣が戦死し、井伊氏は大きな打撃を受ける。

1561年 永禄4年
元許嫁・直親に跡継ぎが生まれる!

井伊氏当主・直親夫妻に待望の男子「虎松」が誕生。

1562年 永禄5年
当主・直親が今川氏に殺される 曾祖父・直平も戦死

跡継ぎの誕生の幸せは長く続かず悲劇が次郎法師(直虎)を襲う。
今川氏から徳川家康に味方していると疑われ、駿府へ向かう途中に掛川で殺される。

1565年 永禄8年
女城主・【井伊直虎誕生】

次郎法師(直虎)と龍潭寺の南渓和尚は大きな決断をする。相次ぐ戦で井伊の名を継ぐ男子は虎松(直政)ただ一人。
次郎法師(直虎)は5歳の虎松(直政)を守るため【井伊直虎】を名乗り井伊谷城主となる。

1566年 永禄9年
直虎、徳政令を2年間凍結!

今川氏から徳政令が出されるも直虎は2年間凍結する。

徳政令(借金帳消し令)
本来は、農民を助けるものだが、これは、伊井氏の力を弱める狙いだった。
今すぐ徳政令を受け入れたら大混乱に。徳政令を出すのを引き延ばし井伊領がつぶれないように直虎は、人々の生活を守った。

1568年 永禄11年
直虎井伊谷城を出る!

直虎は母の暮らす龍潭寺 松岳院へと身を寄せる。
虎松(直政)は命を守る為、鳳来寺へと預けられる。
徳川家康が井伊領に侵攻。 井伊領を治め引馬城に入り、翌年には堀川城を攻め落とし遠江を支配下に置く。

1572年 元亀3年
徳川家康と武田信玄の「仏坂の戦い」・「三方ヶ原の戦い」
1568年 永禄11年
直虎井伊谷城を出る!

直虎と南渓和尚と井伊家を復活させるにはどうしたらいいかを考え、井伊氏は徳川家康につくこと事を決めた。
直虎は直親の13回忌のため、鳳来寺から戻ってきた虎松(直政)を虎松の母の再婚先である松下一族のもとに養子に入る。
家康に引き合わせることが決まった虎松(直政)のために直虎は新しい着物を用意した。
家康は虎松が自分を味方し殺された直親の子と知り家来として家康のそばに仕えることこなる。
【虎松】→【万千代】に名を改め浜松城で家康に仕える。

1582年 天正10年
直虎安らかに眠る。「井伊直政」誕生!!

万千代の出世を見届けた直虎は、8月26日に亡くなりました。40数年の生涯だったと言われています。
この秋、万千代は大人になった印に初めて髪を結い冠をかぶり【井伊直政】と名乗り侍大将となる。
龍潭寺には直虎のお墓があり結ばれることがなかった許婚・直親と並んでいる。

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